プロフィール

1943年 東京都生まれ

1968年 成城大学経済学部卒業

1968年 フジカラー販売株式会社入社

入社以降、大阪・神戸・名古屋・広島各営業所、東京本社と転勤が続いたあと、北海道フジカラー(当時はフジカラー旭川)に出向しその経営を任され、その後、神奈川フジカラーに出向し、同じく経営を任され、定年と共に退職

小学生時代にSTART35カメラとの出会いが写真にのめり込んだ第一歩。以後、学生時代は、WELMY35M3、YASHICA35YL、ASAHI PENTAX SV、MAMIYA FLEXC2、MAMIYA PRESS とカメラが大型化。大学時代は写真部に入り、連日の部室通いか撮影。

会社に入って、リバーサルフイルムで撮影するようになって、学生時代に買うに買えなかった念願のNIKONに、F801Sを皮きりに、F90、F100へステップアップ。そして、デジタル一眼レフも、NIKON D70を皮きりに、D200、D700へとステップアップし、現在はD800Eを主体にして、D800をサブ機として。

富士フイルムからポケットフジカが発売され、その販促策として下取りセールを企画したところ、富士フイルム製カメラがザクザクと70~80台。 下取りセールの原資の一部に下取ったカメラを転売して・・との目論見が狂い、仕方なしに下取りした富士フイルム製カメラを個人的に購入して、その金額を会社に入金し、その難を乗り越えた。

その富士フイルム製カメラを並べてみても、富士フイルムに系統だった資料がなく発売した年代も不詳。それならと、富士フイルム先輩諸氏はじめいろいろな方々に聞きながら、コツコツと集め始め、富士フイルム製カメラのコレクターとなってしまったり。ほぼ全機600機種超を収集。写真業界を離れるとともに、このコレクションを卒業し、富士フイルムからの要請もあり富士フイルムに譲渡。

会社を離れて、旭川市内6校の高校生を中心に結成されたトイカメラで楽しもうというサークル「青少年おもカメ倶楽部」のお手伝いをすることになり、それがキッカケとして、旧ソ連製のSMENA 8M に魅かれ、元来の収集癖に火がつき、80機種超をコレクション。

当方が生まれた戦時中に使われていたと思われるカメラにも興味をもち、戦中に使われていたカメラの収集をはじめ50機種程度のコレクション目標をたて、ほぼ収集完了し、手元に置いてながめてみたりするのが至福の時。現在では、それらのカメラも絞り込んで、戦中真っ只中の当方が生まれた年1943年に作られたカメラだけを残し、手放し、その原資で、また新たな楽しみを探しているところ。(もちろん写真に関係すること)

 

また、カメラがモチーフとなっている玩具収集をして、かぞえたことはないけれど、1000種類以上が所狭しと飾り棚などに・・。

コレクションあるいは撮影だけではなく、写真を楽しむ一つの方法として、3Dクラフトフォト立体写真の普及につながればとの気持ちで、作品展や制作講習会を開催。3Dクラフトフォト制作のきっかけは、1975年のアメリカ研修旅行のフリータイムの日に、富士フイルムニューヨーク支社を訪問時、当時に支社長の紹介でアメリカ人のお宅を訪問し、壁面に飾られている写真の数々を拝見し、カルチャーショックを。

まだ、日本国内ではスクラップブッキングなる言葉もない時代に、写真を台紙に貼って飾る作品制作(スクラップブックといわれていたと思うが・・)を教えていただいた。 その時に、デコパージュの作品を拝見し、これを写真の世界でできないものかと試行錯誤取り組んで、3Dクラフトフォト立体写真を作りあげたものです。

元来の撮影好きで美瑛・富良野撮影を欠かさなかったこと、また、写真業界に永年 席をおいたこともあり、全国各地からの、美瑛・富良野撮影で来られる方々の撮影スポットのご案内の依頼もあり、走り回る日々が続いている。

最近では、四季の美瑛・富良野撮影ツアーを企画された主催者のお店からの要望にお応えして、そのご案内も北海道全域に広がり、その現地の下見チェックのために、走り回って撮影することも多くなっている。

ここ数年は、仲間と二人で、小樽からの車を積んで本州へ行く安いパックをさがしては、一年に一回、本州撮影ドライブをおこなっている。一回の撮影ドライブは、8日~10日くらいで、走行距離が2300㎞くらですから、北海道の海岸部を一周したのとほぼ同じ距離。

 

2020年には喜寿を迎え、喜寿を最後に、作品展もうちどめにしようと思っています。この作品展も、頼まれてはじめて開催したのが2006年、 写真に興味を持った次男とともに、「親子二人展」を開催し、それ以降は、頼まれては、ほぼ毎年のように作品展を開催してきました。 今回企画している作品展は、7-8年前から写真に興味を持ち撮影に出かけている長女と、CGの仕事をしている長男を含め、親子4人展の開催にむけて準備をすすめています。

また、併せて、永年写真業界にドップリと浸かってきた身でもあり、少しでもお返しができればと思い、写真を楽しむ提案を含めた作品展と、丁度、夏休み時期の開催でもあり、小学生の夏休みに自由研究の作品作り「3Dクラフトフォト」「スクラップブッキング」のお手伝いも・・と、盛りだくさんになるかとは思いますが、これでもか、これでもか‥という気持ちで、最後の作品展としたいと考えています。

 

寄稿

クラシックカメラ専科

Vol.44 富士写真フィルム製カメラの全て

Vol.83 トイカメラブームを巻き起こしたSMENA8M など

 

 

One Response

  1. Christopher Whelan
    Christopher Whelan / 2-14-2017 / ·

    Hello.
    Your story is very interesting. You were a part of Fujifilm during periods of tremendous growth and development. I enjoy collecting Yashica and Fujifilm cameras. I also shoot with some of my collection from time to time… very enjoyable thing to do.

    I have a question for you if I may ask. I am a researcher of the early days of Yashima-Yashica and wish that I could interview someone who may have been with Yashica during the 1950s and 1960s. I know that their factory was in Suwa (Shimosuwa) in Nagano Prefecture and that they had their headquarters in Shibuya for a time.

    My question, did you ever know or meet the founders of Yashima-Yashica, Mr. Yoshimasa Ushiyama and his brother Jisaburo? I would be most interested to hear if you did.

    Many thanks for your help and I enjoy your wonderful site.

    Regards,
    Chris Whelan

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