[48] FUJICA RAPID システム
1963年のフォトキナで、コダックは、インスタマチック方式という新システムを発表したが、 このインスタマチック方式に対抗して、翌1964年、アグファは、35mm幅のロールフィルムを使用した簡易装てん方式“ラピッドシステム”を発表、世界のメーカーと協力して全世界に普及させようと呼びかけた。
ラピッドシステムは、フィルムは巻き取り軸のないカートリッジに入っていて、これをカメラに装てんして撮影すると、撮影済みフィルムが巻き取り側の同形の収納カートリッジに巻き込まれる方式。撮影後巻き戻す必要はなく、空いたカートリッジは、再びフィルム収納用として使用するという簡易装てん方式をとっていた。
当時,富士フイルムは、甲南カメラ研究所の協力を得て、フィルム簡易装てんシステムを独自に研究中(写ルンですの原型といっても良い)であったため、早速アグファの呼びかけを検討するとともに、代表的な国内カメラメーカー間で検討し合った結果、写真需要の拡大に役立つとして、その採用に踏み切った。
国内カメラメーカー14社は、アグファと技術提携を結び、「日本ラピッド会」を結成し、ラピッドカメラの開発を進めた。
ヨーロッパでも十数社がこのシステムに参加した。富士フイルムも、ラピッドシステムの開発に積極的に取り組んだが、 “40年不況”の年で、カメラ業界は不況カルテルを結成するほどで、在庫品の消化に忙殺され、この新規システムの広告などにも十分手が回らなかった。そのうえに、カメラ自体も、デザインや構造のうえから、もう一つ魅力に欠けていたことも否めず、また、カメラ内部のフィルムの平面性にも問題があって、実際に発売してからの売れ行きは当初の予測をはるかに下回ってしまった。
海外市場でも同様で、アグファ・ゲバルト社の製品も伸び悩み状態であった。結局、このラピッドシステムはユーザーに普及するに至らず、間もなくカメラの生産を中止したが、フィルムの供給は、ラピッドカメラ購入者のため、その後も少量ながら継続された。
FUJICA RAPID S
FUJICA RAPID S2とともに、国産初のラピッドシステムカメラとして、1965年6月に発売された。
RAPID Sは、最もシンプルにまとめた小型軽量普及型カメラである。
FUJICA RAPID S DEMO
FUJICA RAPID システムを訴求するために、カメラ店頭向けの販売促進ツールとして、制作された。
FUJICA RAPID S2
FUJICA RAPID Sとともに、国産初のラピッドシステムカメラとして、1965年6月に発売された。
RAPID S2は、ユニークなデザインで、ラピッドカメラの中では、高級仕様機。 パトローネを装填するだけで、フイルム感度がオ―トセットされ、サークルアイ式露出計がEEプログラムシャッターと連動しており、露出の過不足がファインダー内の赤色マークで表示される仕組みとなっている。
FUJICA RAPID D1
FUJICA RAPID S2同様に、サークルアイ式露出計を組み込み、スプリング式モーターで15枚の連続撮影ができるシステムを組み込み、1965年12月の発売された。
FUJICA RAPID SF
FUJICA RAPID Sを基本ベースにして、AG-1タイプのフラッシュ撮影が出来る機能を付加し、1966年4月に発売された。